テレビによって揺らぎ始めた有名人の価値

昔は、有名人といえば凄い人の代名詞でした。宇野七郎親治の「命を惜しむな、名を惜しめ」ではありませんが、世に名をなすことこそが成功の証だったのです。近代になるとテレビが発明され、いわゆる有名人がお茶の間のモニターに映し出されることになります。すると今度は、成功した人が有名人で、テレビに出れば有名人なのだから、テレビに出れば勝ち組などいう三段論法が形成されて有名人の定義が少し揺らいできました。しかし、それは数十年後に登場するインターネットへの前ふりにしかすぎませんでした。

有名人の価値を変質させたネットの登場

テレビの場合は、一瞬で全国に名を知らしめる手段が登場したといってもそこに誰を映すかという決定権は一部の人間が握っていました。しかし、ネットは違います。その気になれば、誰でも自分の判断で自分のことを全国どころか、全世界に発信できるようになったのです。そうして、有名人のハードルは一気に低くなりました。ちょっとパフォーマンスの術に長け、あるいは、ちょっと人のやらないような無茶をすれば誰でも世界に名を売ることができるようなったからです。

有名人とは何かを問い直す時代

こうなると有名になることが成功者のステータスなどという言葉はなんの意味もなくなります。それでも、有名になりたいというのは人の本性らしく、時には有名になるために悪目立ちすら厭わない人もいます。その結果、有名になることが人生においてマイナスにしかならないことも珍しくなくなり、これでは何のために有名になるのかわかりません。私たちは有名人の価値について問い直さなければいけない時期にきています。あるいは、有名人という言葉を細分化して、それぞれ適切な言葉に置き換えた方が良いのかもしれません。

山本英俊は、株式市場に上場している会社のオーナーであり会長でもあります。遊技機メーカーが日本に多くある中で、最も多くのパチンコファンから支持されている会社のトップです。スタッフや取引先にかなりやさしい人でもあります。